自分だけの小さな考えにとらわれたり、自分の中に『永遠に変わる事のない自我』が存在する等と考える事を"我執(がしゅう)"と言います。
我執とは言い換えると"自分自身に対する執着"です。
この「我執から離れよ!!」と説いたのが仏教です。
これは心理学でも同じ結論が出ています。
「自分のための目標」だけに向かって努力していると、頭が混乱したり、不安や怒りを感じたり、ねたみや孤独に苛まれたりすることがわかりました。
このような目標の持ち方が感情に与える影響は、時間とともに増大するため、「自分のための目標」をひたすら追求している人は、うつ病になる可能性が高くなります。
[文庫版]スタンフォードのストレスを力に変える教科書 246ページより抜粋
自分の利益のみを求める利己主義よりも、他者の利益を優先する利他主義の方が心身ともに元気でいられます。
これは決して自己犠牲精神であれと言う意味ではありません。
嫌われたくなくて相手に尽くす人が自己犠牲の人です。
本当に困っている人を助ける人が利他主義の人です。
前者は"嫌われたくない"という我執があり、後者は自分よりも他人を生かす慈悲の人です。
悩みが尽きない時や思考に囚われている時は思い出してください、自分の事ばかり考えていなかったでしょうか?
我執の執という文字は"執(とら)われる"と読みます。
我(=自分自身)に執われるから、心が苦しくなるのです。
とは言え人間なので"自分の為の欲望"が芽生えるのは自然な事です。
ぶっちゃけ僕も煩悩まみれです(笑)
学会では"煩悩即菩提"を説いていますから、大きな夢や目標がある事はとても素晴らしい事なのです。
その欲望を否定せずに真っ直ぐ受け止め、その上で欲望に支配されたり翻弄されない意識が必要になってきます。
そして"自分だけの利益"ではなく"自他共の利益"を目指しましょう。
どんな願いも叶うと言いつつ自分から離れろというのは矛盾に感じたかもしれません。
しかし利他主義で生きると利己主義以上の成果を得られます。
ピンとくるか分かりませんが順番が逆なのです。
小我から大我へ、エゴから宇宙的自己への変革が人間革命です。
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本当に困っている人を助ける人が利他主義の人です。
前者は"嫌われたくない"という我執があり、後者は自分よりも他人を生かす慈悲の人です。
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我執の執という文字は"執(とら)われる"と読みます。
我(=自分自身)に執われるから、心が苦しくなるのです。
とは言え人間なので"自分の為の欲望"が芽生えるのは自然な事です。
ぶっちゃけ僕も煩悩まみれです(笑)
学会では"煩悩即菩提"を説いていますから、大きな夢や目標がある事はとても素晴らしい事なのです。
その欲望を否定せずに真っ直ぐ受け止め、その上で欲望に支配されたり翻弄されない意識が必要になってきます。
そして"自分だけの利益"ではなく"自他共の利益"を目指しましょう。
どんな願いも叶うと言いつつ自分から離れろというのは矛盾に感じたかもしれません。
しかし利他主義で生きると利己主義以上の成果を得られます。
ピンとくるか分かりませんが順番が逆なのです。
小我から大我へ、エゴから宇宙的自己への変革が人間革命です。
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